自由気ままな旅に出ています


by pepo629
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にわか雨の予報士 10



いつもの車道を走るより今日はずっと風が強い気がする。革ジャンを着ていても冷たい風が隙間から入ってくる。
ヘルメット越しに見える看板。美味しいと評判のレストランは少し山手にある。数日前インターネットで既にチェック済みだからと僕を驚かせたが、こんな父の細やかな配慮は海ちゃんのお済み付きだ。

父が予約していた和食処。窓際によると、木の隙間から天橋立が見える。個室に通され、順番に出てくる食事は本当に普段家では食べることが出来ないようなプロの味を感じた。
お吸い物に始まり、刺身から天ぷら、お昼から食べすぎだよ~なんて言いながら父から結婚秘話を聞きだした。


25歳の新米だった父の研究所に母が取材でやってきたのが初対面。
当時から筋肉質で体がごつい親父がガラス越しに海ちゃんたち一行を出迎えた。
当時彼女は売れっ子のテレビキャスター兼リポーター。28歳。都会の風を切って明るくやってきた美貌に田舎ものの父は呆然としたという。
その後、数回に渡って取材は続いたが、二人きりになって個人的な話をするような時間はもちろんない。お互い、そのまま自然消滅するように見えた。
海ちゃん曰く、父への第一印象は身なりの汚い人としか写らなかったという。





それから2年の月日が流れた。もちろん父から言えば彼女の勤めるテレビ局に聞くことは出来ただろう。携帯電話なんてない時代だ。個人的に話をしたいのに、仕事先に電話するなんてことは単なる迷惑行為にしか写らない。事実彼女には多くのファンや視聴者という存在が居た。テレビに映る姿で判断し、そしてスキャンダル好き・・・。キャスターにとって、スキャンダルは御法度と来れば、父だって電話をすることがいかに馬鹿げているかの判断くらい付く。
大体彼女が風来坊な父を好きかどうかなんてさえ確証が持てないときだ。


ともかく空白の2年間が過ぎ、父自身仕事が板に付いた頃、休日を利用して出かけた先で母に再会する。お互い、2両編成の各駅停車の電車に乗り合わせ、向かい合った先に相手が居た。
とは言っても、父はマイペースに手にしていた「とおくはなれてそばにいて」という村上龍の作品に没頭中だったらしい。本の題名まで律儀に覚えていると言うところが、海ちゃんらしい。まぁ。彼女が父の存在に運良く気が付いたおかげで、そうして今ここで父と僕がご飯を食べているというわけだ。

「新婚旅行、どこに行ったか海ちゃんに聞いたことあるか?」可笑しそうに尋ねる父に僕は首を横に振って答えた。

海ちゃん、彼女は自分の名前であるはずの海に新婚旅行まで行ったことがない。
いや、それは嘘だ。まだ新米だったリポーター時代、彼女は台風接近中に海辺に立ってテレビカメラに向かって「今私は千葉県の九十九里浜に来ています!台風の風が時間を追うごとに強くなっています!」などと普段の海の表情を全く知らぬままリポートしていたのだ。

「なに、まさか綺麗なアジアンリゾートとかハワイとかで素敵な新婚初夜を迎えたわけ?」興味津々に尋ねると、父は違うんだなっていう顔を見せて言った。
「国内旅行だよ。」父の持っている箸は焼きたての鮎に伸びていた。
「国内?」予想以外の答えに驚くと、
「海ちゃんがね、東京で初めて就職活動の為に買った水着を持って、坂本龍馬の出身地で有名な高知県土佐市に行ったとさ~!」くだらないギャグを付けて返事が返ってきた。
大笑いした後で、でもさ、と思い出したように僕は言った。
「土佐湾って泳げないよね?」土佐には友人と高校時代行ったことがあった。
グラスの中身がビールであるかのように美味しそうに水を飲んで父は苦笑した。

「その通り!でも、水着に着替えて浜辺で写真を撮ったんだ。」
「地元の人に言われたでしょ?」
「うん。何やっとうがぁ?って言われた。でも記念だからって写真を撮ってもらったんだ。」
当時、海ちゃんの結婚話は芸能ニュースの方でも取り上げられ、これを望遠で芸能リポーターがキャッチ。二人が幸せな一夜を過ごしている頃、既に写真はスポーツ新聞の記事として印刷されていた。長いようで短い新婚旅行を楽しんだ後、東京に帰る電車の中で、隣に座った人が読んでいる新聞をちらりと見たら、「遊泳禁止」の看板の前で仲良く写った自分たちの姿だったというわけだ。可笑しすぎる。しばし笑いが止まらなかった。

食事が終盤を迎える頃、僕ら二人の部屋のふすまの向こうで声がした。
「失礼します。」

見ると見慣れた顔がある。
その人は口元に人差し指を立てていた。大きな声を出さないでねってことだ。
3人の男性もぞろぞろと続いて入ってきた。
驚きすぎて、そしてタイミングが良すぎて声が出ない僕らを前に
「涼、流ちゃん!」抑えた声はテレビ仕様だった。

海ちゃん登場である。僕の母、山川海の登場である。
何で此処にいるんだよ!?
その質問の答えは思いもかけない結果で出てくることになる。

にわか雨の予報士 9

にわか雨の予報士 11
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by pepo629 | 2005-08-21 22:40 | Short Story