にわか雨の予報士 11
2005年 09月 16日
海ちゃんは魅力的な女性だ。息子である自分でさえ母の美しさにドキドキすることがある。
1人の女性として、そして働く女性として。
常にテレビという媒体を通して母を第三者の目から見てると、母なのに母じゃないという錯覚まで生まれてくるから不思議だ。
恋人が出来たらそんなことを考えなくなるだろうって思ったけど、母の存在は僕の中でとても大きかった。
それにしても、こんなところで母に逢えるなんて予想もしない展開に「テレビ局のやらせ」かと思った。しかし彼女は「流(りゅう)ちゃん」と父を呼び、目でごめんねと訴えている。
声を抑えながら彼女は事情を話し続ける。3人のスタッフも座った場所から動かず、ただリーダーである母、そしてリポーターである山川海の指示を待っている。
ふと目を下に移し、はっとした。
海ちゃんの手元には「四つ葉のクローバー」と書かれた小さな広告があった。
瞬間的に数日前携帯に送られてきたメッセージ・・・既にもう削除済み・・・が頭をよぎった。
「一つの苦しみが新しい幸福を生んでくれることを・・・
クローバー」
「ごめんね、涼ちゃん」気が付くと海ちゃんが覗いている。
彼女が現れて以来一言も喋らない僕を見て気を遣って居るんだろう。それを見てすぐ首を横に振った。「気にしていないよ。」
ほっとしたような顔を見せ、彼女は続ける。「宗教団体が・・・それもインターネットでの募集で集まった人たちが集会を開いてるのよ・・・今まさに私たちが居るこの料亭で!」
驚いている間はない。
この次に言葉として出てきたのは山川家一家に関わることだった。
「最近おかしいって思っていたら、涼子がこのサイトにアクセスしていたの。」
時間が刻一刻と進んでいるはずなのに父は微動さえしない。顔は曇ったままだ。
海ちゃんが現れて以来ほとんど言葉を発しない。
涼子・・・姉貴は高校時代の受験勉強で大きく失敗をし、以来鬱病になった。
軽いとは言いつつも、精神的パニックに陥るととんでもないことをしてしまう。
受験勉強を必死にやってきた姉が一つの壁にぶつかったとき、母である海ちゃんは仕事の合間を縫って対応に追われた。普段子供の自由に任せていた我が家の教育方針だったが、
こういう大きな転機に海ちゃんは右往左往した。
教育番組の担当だったおかげで・・・と当時のことを聞いたことがある。
彼女は取材に出かけ、本を読み、専門家に会い、少しの時間を人に尋ねては次々と新しい方法を家に持ち帰った。
一日中惚けて何もしないで居る姉。
家族の中で唯一の同じ女性であり、人生の先輩として海ちゃんは彼女の心をゆっくりと解かしていった。
[音楽療法]・・・この言葉との出逢いは7月の初め頃。
この言葉が姉貴を変え、そして新しいステップを生むきっかけになった。
執念と努力で音楽大学まで入学できるほどの実力を付けた姉貴。
しかし、こんなことになるなんて誰が想像しただろう。
インターネットで募集された宗教団体の実態。
母の言葉の端々に想像を超えた裏事情にただ言葉を失うだけだった。
そしてもう一つ。
その宗教団体に心も体も愛したあの女性の存在を感じずにおれない今の自分に。
感情を殺して母と父の前で演じる自分自身をどこか遠くから見つめてるような錯覚に襲われた。
母は僕にとって大きな存在だ。
母に助けを求めることが一番いい方法だと思う。
でも・・・
間違いなく余計にことを大きくしてしまう可能性がある。
遠くで母の声を聞きながら、僕は考え続けた。
どうしたらいい?
どう克服すればいい?
この答えは他の誰でもない自分自身にある。
身震いが止まらなかった。
にわか雨の予報士 10
にわか雨の予報士 12
by pepo629
| 2005-09-16 22:53
| Short Story